青函同時開業へ追い込み
北海道新幹線の実現に向け、道や沿線自治体、経済界などの関係者が「二〇〇五年度着工は青函の同時開業を実現する最後のチャンス」と、
誘致活動に力を入れている。
一九七三年に道新幹線の整備計画が決定されてから約三十年。
高まる期待の中で繰り広げられる誘致活動の現状と、並行在来線の取り扱いの見通しなどを探る。
(経済部、報道本部、函館報道部)
道や経済界
「最後のチャンス」
危機感募らせ陳情攻勢
●知事の電話
「高橋知事はフットワークがいいですね。二階さんを動かすなんて」。
北海道新幹線着工を陳情するため六日に国土交通省を訪れた道幹部らは円山博・鉄道局長からこんな言葉をかけられた。
高橋はるみ道知事はこの時、胃がん治療のため札幌市内で入院中だったが、
自民党運輸族の実力者である二階俊博・元北海道開発庁長官に電話で「陳情団が向かうことを連絡したらしい」(道幹部)。
通常同席しない国交省の課長クラスまでが陳情団を出迎えたのは、二階氏の政治力が利いたとみられる。
官僚出身の保守系知事にとって新幹線誘致は「中央とのパイプ」を印象付ける格好のテーマ。
高橋知事は昨春の知事選の公約に新幹線早期着工を上げ、選挙応援に駆けつけた自民党の額賀福志郎幹事長代理=当時=に協力を取り付けた。
知事就任後も、自民党新幹線建設促進特別委員長を務める小里貞利・元北海道開発庁長官と電話で連絡を取り合う関係を築いた。
●欠く政治力
道新幹線誘致の全道的なまとめ役は「北海道新幹線建設促進期成会」(札幌、道経連など四十八団体・企業)が担っている。
一九六九年に発足して以来、年十数回の陳情やシンポジウムなどを通じてPRや啓もう活動を続けているが、
誘致の決め手となるのは政治力、高橋知事が道外の政治家とのパイプづくりに腐心している現状は、
北陸における森喜朗前首相、九州における久間章生・与党整備新幹線建設促進プロジェクトチーム(与党PT)座長のような
「新幹線誘致のために政治力を振るう大物国会議員が地元にいない」(与党関係者)ことの裏返しともいえる。
昨年十一月の衆院選では、当時の自民党道連会長で与党PT委員の佐藤静雄氏が落選した。
代わって委員に就いたのは町村信孝衆院議員。町村氏は政権派閥・森派の実力者とはいえ、
派閥の長の森前首相が北陸新幹線の南越(福井県)着工を強力に推進しているだけに、
「森さんに対抗しきれるのだろうか」(与党関係者)との見方もある。
こうしたなかで熱心な動きをみせるのが、同じ与党PT委員である公明党の風間昶参院議員(比例代表)だ。
今夏の参院選を控える風間氏は二十日に函館市内で行なった後援会事務所開きで「二〇〇五年着工の道筋を三月末までにつけたい」とあいさつした。
新幹線誘致で汗を流すことは、これまで関係が希薄だった地方の自治体や経済界に公明党の存在感を示す事につながる。
実際、道も経済界も「重要な情報源」(幹部)と同党を頼りにする。
●皮肉な効果
北海道の新幹線誘致運動は「函館暫定開業」と「札幌全面開業」の間で揺れ続けてきたといっていい。
「函館まで」と言う現実的選択が「札幌まで」という最終目標の否定につながることを恐れたのである。
例えば、道が国に年二回提出している道新幹線の要望書をみると、
九八年度まで盛り込まれていた「函館暫定開業」の文言が九九年度から二〇〇〇年度前半まで消え、二〇〇〇年度後半に復活している。
〇一年度以降道や経済界、JR北海道などは国の財政難を踏まえ「とにかく函館まで持ってこないとその先もない」(経済団体首脳)との認識で一致する。
最後まで札幌全面開業の主張を崩さなかったのが後志管内を地盤にする佐藤氏だった。
道新幹線誘致運動の大黒柱だった佐藤氏の落選は皮肉にも関係者を「青函同時開業で一枚岩にする効果」(経済団体関係者)をもたらした。
道新幹線実現を目指す関係者は「これが最後のチャンス」との危機感を強めている。
三月末までの与党PTの論議で予算配分のお墨付きをもらい、
〇五年度着工にこぎつけられれば一二年にも予定される新青森開業に「何とか間に合う」(道幹部)。
逆にここで配分の確約を得られないと、厳しい国の財政事情の中で「次にいつ予算の手当てがつくのか、何の保証もない」(同)ためだ。
函館市や函館商工会議所などの関係者は昨年夏以降十二回上京して、与党各党などに陳情した。
同市幹部は「かつてない規模の陳情で手応えはある。今後も波状攻撃的に上京する」と力を込める。
道新幹線建設促進期成会もこの二十日、報道関係者を対象に新函館駅に予定されているJR渡島大野駅などの説明会を開いたり、
四月上旬に札幌でフォーラムを開く。
ただ「ねじり鉢巻き姿で異様な雰囲気さえある福井県の陳情団に比べて、北海道はまだのんびりしているでは」(本州の鉄道関係者)との見方もあり、
活動が実るかどうかはこれからが正念場だ。
江差線 JRから分離
一部バス転換の可能性
北海道新幹線の新函館暫定開業が決まった場合、新たに生じるのが並行在来線の存続問題だ。
想定される問題点を整理した。
Q 並行在来線とは。
A 整備新幹線に文字通り並行して走る在来線で、北海道新幹線が新函館駅(現渡島大野駅)まで開業した場合、
JR江差線(五稜郭-江差間約八十キロ)が該当する。
このうち木古内-江差間約四十二キロは新幹線とは並行しないが「江差線」と言う路線全体が並行在来線とみなされるため、
JR北海道の経営から分離される。
Q なぜ分離するの。
A 新幹線が開業すると並行在来線の乗客が減り、在来線の維持費用がかさむ。
JR側も新幹線と在来線の両方を抱えては経営的に困難なため、一九八七年十二月の政府・与党の検討委員会で
新たに開業する並行在来線の経営はJRから分離する方向が示された。
二〇〇二年十二月に東北新幹線の八戸延伸の際も並行在来線がJR東日本から分離され、
第三セクターの青い森鉄道(青森)とIGRいわて銀河鉄道(岩手)が誕生した。
Q 反対はないの。
A 北海道新幹線建設の着工の前提条件なので、沿線自治体もその点で異議はない。
だが、江差線のうち北海道-本州間の貨物列車運行に欠かせない五稜郭-木古内間は三セクなどの形で継続される可能性が大きいが、
一日平均利用客が百人に満たない木古内-江差間の存続は余談を許さない。
JR北海道全線で最も利用の少ない線区だけにバス転換の可能性もあるが、
通学や通院などの足として利用されているだけになお議論の余地があるだろう。
Q 経営分離後の鉄路存廃はいつ決まるの。
A 道は函館市、渡島管内上磯町、同管内木古内町、桧山管内上ノ国町、同管内江差町の沿線五自治体と非公式の協議を断続的に重ねている。
ただ、詳細な協議は着工が正式に決まった後。
実際の輸送形態について同新幹線対策室は「開業四、五年前に周辺住民の流動調査などを経て最終決定する」としている。
東京まで3時間40分
青函間の旅客数2.5倍
経済交流の起爆剤に
「新幹線が大野の街並みを大きく変える」と熱っぽく語るのは渡島管内大野町の吉田幸二町長。
同町のJR渡島大野駅は今は住宅街の無人駅だが、道新幹線の開業後には「新函館」に生まれ変わる。
二〇〇二年十二月の東北新幹線延伸で終着駅になった八戸は観光客の往来でにぎわう。
新幹線盛岡-八戸間の乗客は開業後約一年で一日平均約一万千五百人。前年に比べて51%も増えた。
そんな状況が伝わってくるだけに吉田町長の期待も大きい。
同町は〇一年三月に駅周辺整備計画を策定。道南圏の新拠点と位置付け二百三十一ヘクタールを商業や宿泊、広域交流など15区に分けて開発する。
新幹線用の駅舎整備などのため基金を設け、町民から寄付も募っている。三月末までに七千百万円に達する見通しだ。
新幹線開業後、新函館-東京間の運行時間は二時間十八分短縮され三時間四十分(最高速度三百キロを想定)で結ばれる。
道経連が野村総合研究所(東京)に依頼した調査では、青函間の鉄道利用客数は一日あたり九千五百人と現在の二・五倍に増えると予測する。
JR北海道の調査でも東北新幹線の八戸延伸後、新幹線を使った北海道-本州間の往来は21%増えており、
「とりあえず函館まで来るだけでも北関東・東北と北海道との経済交流の新たな起爆剤になる」(幹部)との期待が掛かる。
新幹線の北海道上陸で旅行商品の開発にも力が入りそうだ。
青森県では小学校の修学旅行に函館を選ぶ事も多いが、弘前市の旅行会社、フラワー観光は「札幌まで足を運ぶ事も可能になる」と予想する。
JTB青森支店は「新幹線ダイヤに合わせ、多彩な商品を作ってみたい」と話す。
一方、札幌のある旅行会社は「新幹線と函館発のコミューター航空を組み合わせた観光商品なども一案」とし、
函館から道東、道北への新たな展開をにらんでいる。 |